八手の花9

今朝は、曇り空です。
青空は、見えません。
西も東も、うすい灰色の雲が、出ています。

東の空は、やや明るいです。
薄日(うすび)が射しそうです。
あたりは急に、寒くなってきました。
北海道や北陸では、雪が積もっている地域もあるそうです。

気がつけば、八手(やつで)の花が、咲き出しました。
白い小さな拳(こぶし)のような花です。
大きな八手の葉の間から、小さな拳(こぶし)を幾つも出しています。
この花が咲くと、いよいよ、冬が近づいてきた感じです。

植物の体内時計は、正しく動いているようです。
季節を感じ取って、花を咲かせる時は、花を咲かせます。
茎に伸ばす、葉を出す、花を咲かせる、場所を間違えません。
何億の細胞の中の時計が、きちんと動いているのでしょう。

人の体もまた、体内時計が動いています。
呼吸も、心臓が動くのも、血液の流れも、睡眠も、空腹感も、体内時計が、しっかり動いているのでしょう。人体には、何億か何兆かの細胞が、そぞれ体内時計があるのでしょう。
いったん、各細胞内の時計が狂ってくると、病気にもなるのでしょう。
みんな正確に動いているときは、癌にもならず、認知症にもならず、免疫も働き、怪我や病気も治るのでしょう。
生物の体内時計は、太陽の周りを回る、地球の自転、公転から生まれたのでしょう。
八手の花や、山茶花の花を見ると、生物の時計の働きに、あらためて感謝します。

「ひとり親しく焚火して居り 火のなかに松毬(まつかさ)が見ゆ燃ゆる松かさ」(古泉千樫 焚火 大正13年)
「山の上にひとり焚火してあたり居り 手をかざしつつ吾が手を見るも」(古泉千樫 焚火 大正13年)
「秋晴るるこの山の上に一人ゐて 松葉かきつめ火を焚(た)きにけり」(古泉千樫 焚火 大正13年)

「花を得て時めき立てる八ツ手かな」(星野立子
「つぶされる豚を見捨てて八ツ手咲く」(秋元不死男

楓紅葉13

今朝は、多摩地域は、よく晴れています。
朝から、太陽が、かがやいています。
秋の日光が、燦々(さんさん)と、そそいでいます。
美しい秋の光です。

青い空です。
美しい青です。
白い雲が、浮かんでいます。
美しい秋の空です。

楓(かえで)の葉が、見事に紅葉しています。
燃えるような、赤い紅葉です。
小さな幼児の手の形の紅葉です。
万葉の昔から、日本人が好きな紅葉の一つでしょう。
蛙(かえる)の手の形と詠んだのでしょう。
美しい秋の紅葉です。

欅(けやき)の落葉が、たまっています。
茶色の枯葉です。
名も知らぬ落葉も、混じっています。
みんな思い思いの色の枯葉です。
美しい秋の落葉です。

秋が来ると、葉が紅葉し、紅葉だけが枝から落ちるのは、ふしぎです。
葉にも、枝にも、時計があるのでしょう。
葉の時計が止まり、紅葉は落ちます。
枝の時計は残り、冬眠に入ります。
なんと、すばらしい生命の時計でしょう。

「手(た)折らずて散りなむ惜しとわが思(も)ひし 秋のもみちをかざしつるかも」(橘朝臣奈良麻呂 万葉集巻八1581)
「めづらしとわが思(も)ふ君は 秋山の初紅葉(はつもみちば)に似てこそありけれ」(長忌寸の娘 万葉集巻八1584)

「もみち葉を散らまく惜しみ手(た)折り来て 今夜(こよひ)かざしつ何か思はむ」(県犬養宿禰持男 万葉集巻八1586)
「奈良山をにほはすもみち手(た)折り来て 今夜(こよひ)かざしつ散らば散るとも」(三手代人名 万葉集巻八1588)

「京人(みやこびと)紅葉にかぶれ給ひけり」(一茶 七番日記 文化12年)
「紙屑(かみくづ)のたしにちりたる紅葉哉」(一茶 七番日記 文化12年)
「ちょぼちょぼと茶子(ちゃのこ)焼(や)かるる紅葉哉」(一茶 七番日記 文化12年)

枯芙蓉12

今朝は、曇り空です。
青空は、見えません。
薄日(うすび)は、少しあります。
雨が、降りそうな気配もあります。

西の方の雲は、灰色に青が混じった、美しい雲が、棚びいています。
こんなにも、雲は美しいものか、と思います。

芙蓉(ふよう)の実が割れてきました。
茶色の殻(から)の中に、産毛(うぶげ)が生えています。
その中に、小さな黒い種(たね)があります。
すばらしい、美しい枯芙蓉(かれふよう)です。
茎(くき)を切ってしまっても、来年また、茎が伸び、花が咲きます。
美しい、うすい紅(べに)色の花です。

生命は、時計のようです。
一つひとつの細胞に、体内時計があるのでしょう。
時計が、遅れたり、進んだりすると、調子が具合が悪くなるのでしょう。
体も心も、それぞれの体内時計で動いているのでしょう。

遠い外国に、ジェット機で行くと、時差ボケになります。
体内時計が、狂ってしまうのでしょう。
認知症も、脳の細胞の時計が変調をきたす結果でしょう。
体と脳の時計が、調整が難しくなるのでしょう。

癌(がん)なども、細胞の中の小さな小さな時計が、おかしくなるのでしょう。
細胞の体内時計が、勝手に進む奴と、勝手に遅れる奴が、出てくるのでしょう。
天気やストレスやショックなどでも、時計の歯車が異常になるのかもしれません。
医者は、時計の修理士かもしれません。
栄養や薬は、時計の小さな小さな歯車を、正常に戻す油かもしれません。

「岩が根に早旦(あした)ありける霜とけて 紫深しりんだうの花」(赤彦 木曽の秋 大正13年)
「霜とけてぬれたる岩の光寒し 根をからみ咲くりんだうの花」(赤彦 木曽の秋 大正13年)
「りんだうの花の紫深くなりて 朝な朝なに霜おく岩むら」(赤彦 木曽の秋 大正13年)

「獣園にもの焚く煙枯芙蓉」(倉橋弘躬)
「芙蓉枯れあとにつづきて枯るるもの」(下村非文)
「老女とはかかる姿の枯芙蓉」(松本長)

菊日和3

今朝も、多摩地域は、よく晴れています。
空は、青い空です。
美しい秋の青です。

雲は、うすい白い雲です。
西の山の端に、少し、あります。
ぼんやりと丹沢の山々が見えます。

朝の太陽が、きらきら、かがやいています。
おだやかな日光が、そそいでいます。
ときどき、ハラハラ、木の葉が散ります。
風は、ありません。

黄菊の花が、たくさん咲いています。
黄色が鮮やかです。
美しい菊日和(きくびより)です。

楓(かえで)の葉が、赤く紅葉しています。
朝日に照らされて、燃えるようです。
美しい秋の紅葉です。

時は生命、のようです。
生命は時、のようです。
生命を持っているものは、すべて、時に従うようです。
すばらしい菊日和です。

「君が住むやどのつぼには菊ぞかざる 仙の宮といふべかるらむ」(西行法師 京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただしきほどにしたてて、鳥羽院にまゐらせ給ひたりける、鳥羽の南殿の東おもてのつぼに、所なきほどに植ゑさせ給ひけり。公重少将、人々すすめて菊もてなさせけるに、くははるべきよしあれば 山家集秋)
「ませなくば何をしるしに思はまし 月もまがよふ白菊の花」(西行法師 月前菊 山家集秋)

「菊の香や庭に切(きれ)たる沓(くつ)の底」(芭蕉
「菊の香やならには古き仏達」(芭蕉)
「菊の香やならは幾代の男ぶり」(芭蕉)

落葉18

今朝も、多摩地域は、よく晴れています。
青い空が、ひろがっています。
きれいに澄んだ水のような青です。
美しい秋の空です。

西の方に、綿のような白い雲が、もくもく出ています。
朝から、太陽が美しく、かがやいています。
秋の日光が、燦々(さんさん)と、そそいでいます。
美しい秋の光です。

木々の黄葉が、キラキラ、映えます。
風は、そよそよ、しています。
美しい秋の風です。

ときどき、音もなく、ハラハラ、枯葉が落ちてきます。
落葉(おちば)は、庭の芝草の上に、だんだん積もっていきます。
掃いても掃いても積もる、晩秋の落葉です。
美しい秋の落葉です。

「木枯に木の葉のおつる山里は 涙さへこそもろくなりけり」(西行法師 玉葉集冬)
「山近きところならずば ゆく水の もみぢせりとぞ驚かれまし」(貫之 承平七年右大臣の家の屏風に、山里の人の家に釣殿あり、水のうへに木の葉流るる所 玉葉集冬)

「桐の木の風にかまはぬ落葉かな」(凡兆 去来抄)
「こがらしの落葉にやぶる小指かな」(杜国

水仙花19

今朝も、晴れています。
青い空が、見えます。
白い雲も、浮かんでいます。

朝の太陽が、かがやいています。
おだやかな日光が、そそいでいます。
美しい秋の光です。

庭の片隅に、水仙(すいせん)の花が、早くも、ひらきました。
美しい白い小さな花が、2、3輪です。
いつもの年は、師走に入ってからです。
それにくらべて、ずいぶん早い開花です。
ブログを見ると、10年前の11月20日が、近年では最も早い開花のようです。
水仙の体内時計が、冬の時刻に入ったのでしょう。
水仙の花を見ると、ふしぎに、うれしくなります。
すばらしい恵みを、あたえてくれる花です。

「今朝の朝の露ひやびやと 秋草やすべて幽(かそ)けき寂滅(ほろび)の光」(左千夫 ほろびの光 大正元年)
「秋草のしどろが端(はし)に ものものしく生(いき)を栄(さか)ゆるつはぶきの花」(左千夫 大正元年)

「水仙に今様の男住めりけり」(子規 明治27年)
「芋の跡水仙植ゑてまばらなり」(子規 明治27年)

石蕗の花11

今朝も、晴れています。
雲が多い、朝です。
青空は、うっすらと見えます。
薄日(うすび)は、あります。
ほんわかとした、秋の薄日です。

風は、ありません。
美しい桜の黄葉が、遠くに見えます。
高い木の葉は、黄緑です。

散歩に出ると、石蕗(つわ)の花が、咲いています。
ハッと目が覚めるような、黄色の花です。
ひらいた花の姿は、菊の花に似ています。
季節が来ると、見事に咲く花です。

人生は、いつ人が生まれた地球の自然に目を開くか、かもしれません。
自然は、太陽も雲も、草も木も、実に、美しいです。

「賢しと愚かしといふは その人の生(せい)をたのしむ様式の差か」(窪田空穂 所思 木草と共に)
「老いの身のしのこととなく 疲れはて崩(くづ)れゆくをば見まもるごとき」(窪田空穂 所思 木草と共に)

「土擦(す)って門ひらかれぬ石蕗の花」(鈴木鷹夫
「人住むを大地といへり石蕗の花」(神尾久美子)

里芋6

今朝も、多摩地域は、晴れています。
青空です。
白い雲が、浮かんでいます。

やや雲は、多い朝です。
朝から、太陽が、かがやいています。
おだやかな秋の日光が、そそいでいます。

浜松に住んでいる妹が、蝦(えび)芋を送ってくれました。
里芋(さといも)の一種らしいです。
蝦の尾のように、尻が曲がって、美しい縞(しま)があります。
さっそく煮て、食べました。
ねばり気があり、ほくほくしていて、実に、旨(うま)い里芋です。

秋、旨い芋を食べると、幸せな気分になります。

「りんだうの匂へる山に入りにけり 二たびを来(こ)む吾ならなくに」(斎藤茂吉 もみぢ 白き山)
「いただきは棚びかぬ雲こごりつつ 鳥海山に雪ふるらしも」(斎藤茂吉 もみぢ 白き山)

「秋の雲ひむがしざかひにあつまるを しづ心なく見て立つわれは」(斎藤茂吉 もみぢ 白き山)
「ここにしてふりさけ見れば 鳥海はおのづからのごと雲にかくりぬ」(斎藤茂吉 もみぢ 白き山)

「あの人が来る里芋を煮(に)ています」(片山芳子)
「小芋ころげてさびしくなりぬ膝小僧」(平沢美佐子)
「里芋を泉に洗ふ乙女かな」(岩井久美恵)

秋の露

今朝も、多摩地域は、晴れています。
青い空が、ひろがっています。
西の方には、雲がありません。
遠い丹沢の山々が、くっきり見えています。
美しい秋の山々です。

東の方に、すこし白い雲があるだけです。
朝から、太陽が、かがやいています。
おだやかな光が、そそいでいます。
美しい秋の光です。

草の上に、露(つゆ)が降(お)りています。
朝の日光に、キラキラ、光っています。
美しい露の玉です。

黄菊の花が、ひらいています。
美しい黄色です。
小さな黄色の蕾(つぼみ)もあります。
美しい秋の菊の花です。

「暮を待つ水かげ草の露の間に 千とせの秋をふる泪かな」(妙光寺内大臣 題しらず 新葉集秋)
「あはれてふならひにそへて 身を秋の夕は袖に梅雨ぞ隙(ひま)なき」(掌侍頼子 秋夕の心を 新葉集秋)
「秋風のふかぬたえまは しら露の玉の緒(を)ながき糸すすきかな」(右近大将長親母 秋の哥の中に 新葉集秋)

「楽々(らくらく)と食(く)うて寝る夜や秋の露」(一茶 七番日記 文化11年)
「世の中へおちて見せけり草の露」(一茶 七番日記 文化11年)
「姨(をば)捨(す)てた奴もあれ見よ草の露」(一茶 七番日記 文化14年)

芒17

今朝も、よく晴れています。
昨夜は、多摩地域は、夜中じゅう、強い風が吹きました。
何もかも、吹き飛ばすような風でした。

今は、青い空です。
白い雲が、浮かんでいます。
何事も、なかったような秋の空です。

散歩に出ると、芒(すすき)の穂(ほ)が美しいです。
そろって、おだやかな風に、なびいています。
なんと美しい秋の草花か、と感動します。

木々の枯葉が、美しいです。
欅(けやき)の黄色の枯葉が、散っています。
おびただしい落葉が、積もっています。
美しい秋の景色です。

「我がやどの尾花(をばな)が上の白露を 消(け)たずて玉に貫(ぬ)くものにもが」(大伴家持の白露の歌一首 万葉集巻八1572)
「秋の野の尾花が末(うれ)をおしなべて 来(こ)しくも著(しる)く逢へる君かも」(阿部朝臣 万葉集巻八1577)
「めづらしき君が家なるはだすすき 穂(ほ)に出(い)づる秋の過ぐらし惜しも」(万葉集巻八1601)

「猪の嵐(あらし)に向ふ芒(すすき)かな」(子規 明治28年)
「招かれつ追はれつ風の芒かな」(子規 明治28年)
「売馬の進まず風の花芒」(子規 明治28年)