蕗の薹14

今朝も、晴れています。
雲は多い朝です。
青い空も、見えています。

朝から、太陽が、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
おだやかな春の日です。
気温は、やや低めです。

狭い畑に、蕗の薹(ふきのとう)が、二つ三つ、頭をもたげはじめました。
美しい、まことに、美しい色と形です。
身のまわりの自然の力を目にすると、うわあ、すばらしい、と叫びたくなるほど、感動します。

山茱萸(さんしゅゆ)の莟(つぼみ)も、出ています。
遠くから見ても、黄色が、それと分かります。
近づくと、美しい、まことに、美しい色と形が目にできます。

人が、地球上にいなくても、春が来れば、莟を出すでしょう。
身のまわりの自然の小さな植物は、美しい、まことに、美しい色と形です。
杏(あんず)の花も、いまや満開です。
身のまわりの自然のものは、地球上に、共に生きている喜びを与えてくれます。
ありがとう、と感謝します。

「一つ鉢にこもりつつある蕗の薹 いづれを見ても春のさきがけ」(斎藤茂吉 蕗の薹 のぼり路 昭和15年)
「十以上かたまりてある蕗の薹を 冬の寒きに誰か守らむ」(斎藤茂吉 蕗の薹 のぼり路 昭和15年)
「十あまり一つ鉢なる蕗の薹 おくれ先だつ一様(ひとさま)ならず」(斎藤茂吉 蕗の薹 のぼり路 昭和15年)

「莟とはなれもしらずよ蕗のたう」(蕪村 自筆句帖)
「蕗の薹採ればきりなし採らず行く」(右城暮石)
「みほとけの素足はるけし蕗の薹」(原和子)

尾長4

今朝も、晴れています。
青い空です。
雲は、霞ような雲です。

春の空です。
風もありません。
あたたかな日光が、そそいでいます。

久しぶりに、尾長(おなが)が来ています。
頭のてっぺんが黒く、羽が青く、尾が長い、美しい鳥です。
大勢で、来て、啼き声は好くないです。
来てくれれば、やはりうれしいです。

椋鳥(むくどり)も、大勢で、来ます。
いそがしそうに、土をつついています。
おだやかな春の日です。

山茱萸(さんしゅゆ)が、莟をつけています。
美しい黄色です。
本当の春が来た、感じです。

「瀬瀬(せせ)に立つあしたの靄(もや)のかたよりて なびかふ薮にうぐひすの啼く」(若山牧水 湯ヶ島雑詠 山桜の歌)
「この岩の苔の乾きのぬくときに 寝てをれば見ゆ淵にあそぶ魚」(若山牧水 湯ヶ島雑詠 山桜の歌)
「たぎち落つる真白き水のくるめきの そこひ青めり春の日なたに」(若山牧水 湯ヶ島雑詠 山桜の歌)

「尾長翔んで雲上機音緑立つ」(石田波郷 鶴)

文旦

今朝も、多摩地域は、晴れています。
青い空が、ひろがっています。
東の空には、白い雲が浮かんでいます。
西の方は、うすい霞(かすみ)のような雲です。

朝から、太陽が、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
風は、ありません。
おだやかな春の朝です。

きのう、四国は土佐の高知の沢口さんが、文旦を送ってくださいました。
大きな文旦で、すばらしい色と香りがします。
皮が厚く、剥(む)くのが大変そうです。
美しい、うすい黄色の実があります。
南国らしい、柑橘です。

人は、みんな人の厚意で、生きています。
まことに、ありがたく思います。
人は、みんな天然自然のもので、生きています。
感謝、あるのみです。

庭の片隅に、別の種類の水仙(すいせん)の花が咲いています。
まことに、心が和みます。
おだやかな春の朝です。

「海にしてはるばる見れば 大土佐の魚梁瀬(やなせ)の山はなつかしきかな」(吉井勇 その七 昭和九年四月、われふたたび土佐に入りぬ。山険しく海荒しといへども、この地の人ごころの直ぐなることは、げにうるはしき埴安の郷のここちこそすれ。片雲の風にさそはるる身も、いでやここにささやかなる廬を結ばめと思ひ定めぬ。巻四さすらひの旅路にありて詠みける歌 人間経)
「空海をたのみまゐらす心にて はるばる土佐の国へ来にけり」(吉井勇 巻四さすらひの旅路にありて詠みける歌 その七)
「大土佐の韮生山峡いや深く われの庵は置くべかりけり」(吉井勇 巻四さすらひの旅路にありて詠みける歌 その七)

「あかんぼを撮らむと抱かす朱欒(ざぼん)かな」(飴山實
「文旦の故なくをかし笑ひけり」(岡本眸
「文旦の皮の厚さよ母の恩」(早崎明)

草の芽7

今朝も、晴れています。
雲が多い日です。
青空は、少ししか見えません。

東の方は、灰色の雲が、あります。
薄日(うすび)は、あります。
西の方は、やや雲が薄いです。

風は、ありません。
雲は、流れています。
空気は、冷たいです。

畑の中に、草の芽が出ています。
ほとんど名も知らぬ雑草です。
小さな緑の草の芽が出てくるのは、楽しみです。

椿(つばき)の花が、咲き出しました。
まだ二つか三つです。
なんとなく、春が深まっていく感じです。

遠い山々は、霞(かす)んでいます。
ぼんやりと、見えます。
なんとなく、春が深まっていく感じです。

「摘みにくる人は誰ともなかりけり 我しめしのの若菜なれども」(中原頼成妻 後冷泉院の御時、后の宮歌合によみ侍りける 後拾遺集春)
「山たかみ都の春をみわたせば ただ一むらの霞なりけり」(大江正言 長楽寺にて故郷の霞といふ心をよみ侍りける 後拾遺集春)

「余所にては霞たなびく ふるさとの 都(みやこ)の春はみるべかりける」(能因法師 後拾遺集春)
「春はまづ霞にまがふ 山里を たちよりてとふ人のなきかな」(選子内親王 題しらず 後拾遺集春)

「ともかくも生かされている雑草の中」(山頭火 山行水行)
「何の草ともなく咲いてゐてふるさとは」(山頭火 一草庵)
「おちついて死ねさうな草萌ゆる」(山頭火 一草庵)

春の嵐8

昨夜から、多摩地域は、春の嵐です。
今朝も、風はやんでいません。
雨も、時折、強く降ります。
今年、春三番の嵐です。
空は、どんより灰色です。
空で、風が轟々(ごうごう)と、音を立てています。

枯枝が、舞い上がっています。
破れた板切れも、飛んでいます。
鵯(ひよどり)の羽も、みだれています。
椋鳥(むくどり)は、小さな体が、ゆれています。
強い風が吹いています。

向うに見える杏(あんず)の花は、強風にも、散りません。
頼もしい小さな花たちです。
薄日が(うすび)も、射す気配(けはい)です。
風も、徐々に、収まるかもしれません。

「なぎはてて限りもしらぬ暗闇(くらやみ)と 思ひゐしときまた風が吹く」(佐藤佐太郎 帰潮 昭和23年)
「ほこりあげて春のはやちの凪(な)ぎし夜(よる) 妻も子も遠しわが現(うつつ)より」(佐藤佐太郎 地表 昭和29年)

「合戦の絵詞(えことば)となる春嵐」(原裕
「春疾風書棚に黒き乱歩集」(北光丘)

枝垂梅4

今朝も、多摩地域は、晴れています。
雲は、やや多い日です。
青い空が、見えています。

雲の間から、太陽が、かがやいて見えます。
やわらかな日光が、そそいでいます。
散歩に出ると、枝垂(しだれ)梅が、満開です。
高い石垣の上から、垂れさがった細い枝に、たくさんの薄い桃色の花をつけています。
まことに、美しい眺めです。
一本の梅の木が、人の心を、こんなにも和ませてくれます。

風はありません。
遠い山々も、やや霞(かす)んでいるように見えます。
おだやかな春の景色です。

「けぐここに見に来ざりせば梅の花 ひとりや春の風に散らまし」(大納言経信 朱雀院に人々まかりて、閑庭梅花といへる事をよめる 金葉集春)
「かぎりありて散りははつとも梅(むめ)の花 香をば梢(こずゑ)に残せとぞ思ふ」(源忠季 梅花をよめる 金葉集春)
「散りかかる影(かげ)は見ゆれど梅の花 水には香(か)こそうつらざりけり」(藤原兼房朝臣 道雅卿家歌合に、梅花をよめる 金葉集春)

「散るたびに老いゆく梅の木末かな」(蕪村 夜半叟)
「小夜着(こよぎ)きて物たく梅のあるじ哉」(蕪村 夜半叟)
(註)小夜着=袖のある綿入れの小さい夜着(よぎ)。
「家中衆にさむしろ振ふももの宿」(蕪村 夜半叟)

野蒜7

今朝も、晴れています。
青い空です。
まことに、美しい青です。

白い雲が浮かんでいます。
綿のような雲です。
まことに、美しい白です。

きのうは、午後から、天気が荒れました。
春二番という強い風が吹きました。
強い雨も、降りました。

今朝は、朝から、太陽が、かがやいています。
あたたかな日光が、そそいでいます。
まことに、美しい光です。

庭の縁(ふち)に、野蒜(のびる)が、生えてきました。
細い葱(ねぎ)のような、糸のような草です。
昔は、食べたのかもしれません。
今は、ほとんど食べません。

杏(あんず)の花が、咲いています。
うすい桃色の花です。
白梅(しらうめ)も、紅梅(こうばい)も、咲いています。
まことに、美しい花々です。
まことに、心が和みます。

「ありのままねむり目(め)ざめし 室中(へやなか)の光(ひかり)たむろに飛(と)ぶものもなし」(斎藤茂吉 朝 あらたま 大正4年)
「朝早(あさはや)く溜(た)まる光にかがやきて えも言(い)はれなき塵(ちり)をどり居(を)り」(斎藤茂吉 朝 あらたま 大正4年)
「かうべを照(て)らす朝日子(あさひこ)の つくづくと うづの光(ひかり)に塵(ちり)をどるみゆ」(斎藤茂吉 朝 あらたま 大正4年)
「手応へもなくて野蒜の掘られけり」(石塚友二

クロッカス11

今朝も、晴れています。
青い空が、ひろがっています。
白い雲が、浮かんでいます。
まことに、美しい空です。

朝の太陽が、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
まことに、美しい光です。

庭の片隅の日向に、クロッカスの花が、咲きはじめました。
目が覚めるような、山吹色の花です。
6つの花弁が、ぱっちり開いた美しい花です。
この花がひらくと、本格的な春が来た、と思い感じます。

ブログを見ると、昨年も、同じ日に、クロッカスが、咲いています。
花の体内時計が、見事に働いているのでしょう。
杏(あんず)も、梅(うめ)も、水仙(すいせん)も、体内時計があります。
毎年、時が来ると、まちがいなく、花が咲きます。

遠い山々は、やや霞(かす)んでいます。
風は、ありません。
まことに、おだやかな美しい春の日です。

「春かぜの吹きのまにまに おのづからわれのいのちはよみがへりたる」(斎藤茂吉 春光 つきかげ 昭和26年)
「梅の花咲きみだりたるこの園に いで立つわれのおもかげぞこれ」(斎藤茂吉 春光 つきかげ 昭和26年)

「人の世はこちたきこともありながら おのづから過ぎて行かむとぞする」(斎藤茂吉 無題 つきかげ 昭和26年)
「みづからの世すぎのさまもおもほへず まぼろしのごと過ぎて行きけり」(斎藤茂吉 無題 つきかげ 昭和26年)

「クロッカス地に咲き浮かぶ日和来し」(大木格次郎)
「クロッカス地の言伝ての色をあげ」(井上芙美子)

獺の祭3

今朝も、多摩地域は、晴れています。
青い空が、ひろがっています。
美しい水色です。

雲は、ほとんど見えません。
遠い山々が、くっきり近くに見えます。
美しい山々です。

朝から、太陽が、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
美しい春の光です。

暦の上では、きのう、雨水(うすい)です。
雪が、雨に変わります。
風も、どこか春風です。

獺(かわうそ)の祭が、始まります。
獺(かわうそ)は、取ってきた魚を、きちんと並べるそうです。
正岡子規は、膨大な数の俳句を分類しました。
自らを獺(かわうそ)になぞらえて、自分の名前にしました。
思うことが、俳諧になっているようです。

「青くなる真間(まま)よち韮(にら)を拾ひつつ のびつ浅葱(あさつき)は今日(けふ)かヘリみつ」(土屋文明 川戸雑詠四 山の間の霧)
「地につきて白き古葉(ふるは)のすがしきに こぞり萌(も)え立つ浅葱(あさつき)の芽ぞ」(土屋文明 川戸雑詠四 山の間の霧)
「甘草(かんざう)も未(いま)だ飽(あ)かぬに 挙(こぞ)り立つ浅葱(あさつき)の萌(も)え いづれを食はむ」(土屋文明 川戸雑詠四 山の間の霧)

「獺の祭(かわうそのまつり)を描く意匠かな」(子規 明治35年)
「茶器どもを獺の祭(おそのまつり)の並べ方」(子規 明治35年)

金柑7

今朝も、晴れています。
雲が多い日です。
薄日(うすび)も、あります。
青い空も、少し見えます。
気温は、低いです。
きのうとは、うって変わり、風はありません。
おだやかな日です。

柚子の実も、落ちています。
蜜柑は、すべて小鳥が食べてしまいました。
わずかに金柑(きんかん)の実が、幾粒か残っています。
鋭い棘(とげ)は、並大抵の棘ではありません。
一粒、採ってみました。
甘い金柑の匂いがします。
たて2・5センチ、よこ2センチの黄金の水滴のような、美しい金柑の小さな実です。
まことに、心が和みます。

「信濃路(しなのぢ)はいつ春にならん 夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ」(赤彦 2月13日 大正15年)
「わが村の山下湖(やましたうみ)の氷とけぬ 柳萌えぬと聞くがこほしさ」(赤彦 2月13日 大正15年)
「魂はいづれの空に行くならん 我に用なきことを思(も)ひ居り」(赤彦 2月13日 大正15年)

「門前の金柑男のやうに噛む」(飯島晴子)
「金柑を煮詰める匂ひ仏まで」(十亀かずみ)