桜咲く5

今朝も、多摩地域は、晴れています。
うすい白い、霞(かすみ)のような雲が張っています。
朝の太陽は、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
春の陽気です。

今年も、東京の桜(さくら)が開花したようです。
いま開花するのは、ソメイヨシノの花のようです。
八重桜(やえざくら)は、まだ、かたい蕾(つぼみ)のようです。

桜は、日本の風土にも、人にも合っているようです。
日本人は、桜の花で、日本列島の素晴らしさを味わうようです。
千数百年にわたり、桜の花で、自然の美しさを実感してきました。
日本では、全ての時代の人が、桜の花を、詩歌に歌ってきました。
子どもから大人まで、日本人は全ての人が詩人、といわれます。
まことに、桜の花のおかげかもしれません。

「春になる桜の枝は何となく 花なけれどもむつましきかな」(西行法師 題しらず 山家集春)
「さらにまた霞にくるる山路かな 花をたづぬる春のあけぼの」(西行法師 山家集春)
「わきて見む老木は花もあはれなり 今いくたびか春にあふべき」(西行法師 老木の桜のところどころに咲きたるを見て 山家集春)

「花咲いて思ひ出す人皆遠し」(子規 明治29年)
「佳人花の如し我衣破れたり」(子規 明治29年)
「岡ぞひの咲く桜は赤き蕾かな」(子規 明治29年)

土筆8

今朝も、晴れています。
空は、やや雲が多い朝です。
青い空も、見えます。
全体が、うすい霞(かすみ)のような白い雲です。
春の空です。

土筆(つくし)が出てきました。
ご近所の庭には、たくさ土筆が生えています。
わが家の庭には、1本しか、見えません。
同じような土筆です。

今朝も、鶯(うぐいす)が鳴いてくれました。
まことに、妙なる声です。
人の心が、いっぺんに元気になります。

ふりかえって、もう一度、地球に生きられたら、幸いと思います。
閻魔(えんま)様から、今までと全く同じ人生を、くりかえすことになるがいいか、と問われれば、
どうぞ、今までと全く同じ、祖父母や両親、兄弟姉妹や家族、生まれ育った環境、友人や知人で、幸いです、と答えるでしょう。
今までと全く同じ、病気になり、けがをして、失敗をし、つまづいても、幸いです、と答えるでしょう。
その際、閻魔(えんま)様から、今までと全く同じ、顔や頭の程度で、身体も強くなく、臆病で、意志薄弱で、優柔不断な性格で、いいか、と問われれば、
それで、本当に幸いです、と答えるでしょう。
閻魔(えんま)様から、ただし人ではない、ひょろひょろの土筆(つくし)か、虫か、石でも、いいか、と問われれば、
この空や雲を仰ぎ、この日光や草花が見られ、鳥や木々や人の声が聞こえれば、自分の姿が、土筆でも虫でも石でも、なんでも結構です、と答えるでしょう。
もう一度、幼い時から、地球上で、生涯をくりかえせたら、どんなに幸いか、わかりません、と答えるでしょう。

「われ昔をさな遊びに此の道に 草摘みしことを今思ひいづ」(子規 春の歌 明治32年)
「砂原やほうしこ抜けばとなながら」(子規 明治29年)
松山語にて土筆をほうしこといひ杉菜をとなといふ
「何もなき杉菜ばかりの砂地哉」(子規 明治27年)
「その昔土筆(つくし)摘みにと来し原ぞ」(虚子 七百五十句 昭和33年)

木の芽20

今朝も、多摩地域は、晴れています。
雲が多い朝です。
薄い白い雲が張っています。
薄日は、射しています。
遠い山々も、霞(かすみ)のような雲に、ぼんやり、見えます。

楓(かえで)の芽が出てきました。
若い薄緑の木の芽で、美しいです。
それぞれの草や木は、ちゃんと、体内時計が働いて、新しい芽を出します。

椋鳥(むくどり)が、大勢で、来ました。
元気で、ばらまかれた、りんごの皮か何かを、つついています。
木の芽、草の芽が出る、小鳥たちが来る、鶯(うぐいす)が鳴く。

鴉(からす)が2羽で、来ています。
羽の色が、まっ黒です。
鴉の受容器が、光の中から、黒を選ぶのでしょう。
すばらしい多様性です。

「山襞(やまひだ)のうねれる見れば この朝明(あさけ)ほのけきがごと青みそむるなり」(斎藤茂吉 木の芽 寒雲 昭和12年)
「みづうみを甲(よろ)へる山の青だちて 空のひと隅(すみ)よ光さしたり」(斎藤茂吉 木の芽 寒雲 昭和12年)

「何の木と知れずわづかに芽をふきぬ」(子規 明治29年)
「老木の梢は遅き芽出しかな」(子規 明治29年)

花韮4

今朝は、多摩地域は、よく晴れています。
きのうは、一日中、雨の天気でした。
きょうは、青い空が、もどっています。

朝から、太陽が、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
雲は、霞のような薄い白い雲です。

黒い土の上に、花韮(はなにら)が生えています。
白い、薄紫色の小さな花です。
いつも、今の時季に、咲く花です。

椿(つばき)の花も、咲いています。
薄い桃色の花です。
白木蓮(はくもくれん)の花も、咲いています。
白い花です。
杏(あんず)の花も、咲いています。
薄い桃色がかった白色の花です。
山茱萸(さんしゅゆ)の花も、咲いています。
黄色の花です。

花は、それぞれの色に咲きます。
光の中から、その花が自分の色を集めるのでしょう。
地球は、無限の光や色に照らされています。
その中から、木や草は、自分の思い思いの色を集めるのでしょう。
人もまた、同じかもしれません。
周りには、無限の色も、幸運も、姿も、あります。
その中から、自分の好みの色や運や姿を選ぶのでしょう。

きのう、浜松では、虹が出たといいます。
虹に感動した少女がいました。
虹を見ない大人が、たくさんいたそうです。
自分に、虹を見る受容器がなければ、虹が出ても、虹を見ないのでしょう。

「野の方にしろき煙の行く見れば おろそかならず春はうごけり」(白秋 春意動く 白南風)
「移るべき家をさがすと春早し 土耳古の帽をかぶりつつ出づ」(白秋 春意動く 白南風)

「花韮の白さどぎまぎ嘘ばかり」(小堤香珠)

彼岸8

今朝は、朝から、雨が降っています。
シトシト、雨が降っています。
春雨です。

空は、どんより、曇り空です。
薄い灰色の雲に、おおわれています。
まだ薄日も、射しません。
枯れ枝から、水滴が、ポタポタ、したたり落ちています。
冷たい雨ではなさそうです。
暑さ寒さも、彼岸まで、といわれます。

きょうは、彼岸の中日です。
死者が、生者の心のなかに、もどって来ます。
生者は、死者に、祈ります。
死者が、生者の心のなかに、よみがえります。
死者は、生者の心を、救ってくれます。
死者は、生者を、助けてくれます。
死者は、生者の心のなかに、生き続けます。
生者は、死者に、花をたむけます。

「春雨はくる人もなく跡たえぬ 柳のしたの軒のした水」(皇太后宮大夫俊成 春日の社に奉りける百首の歌の中に、春雨をよめる 玉葉集春)
「雨はるるなごりも霞む 朝あけの柳の糸にかかる白露」(前右近大将公顕 春の歌のなかに 玉葉集春)

「曇りしが降らで彼岸の夕日影」(其角
「我村はぼたぼた雪の彼岸かな」(一茶

春分4

きょうは、春分の日です。
夜の明けるのが、ずいぶん早くなったように思います。
東京の日の出は、朝5時45分、でした。
朝から、太陽が、かがやいています。
雲は、霞(かすみ)のような雲です。日中は、気温も、摂氏17度を超えるようになりました。
ずいぶん、暖かくなりました。

鶯(うぐいす)が、鳴くようになりました。
鳴きなれたのか、一段と、美しい声で、上手に鳴いています。
東京のきょうの日の入りは、午後5時53分です。
昼の時間が、12時間を超えるようになりました。
静かな春分の日です。

「花だにもまだ咲かなくに 鶯の鳴く一声を春といふらん」(後撰集春)

「昨日漉きし紙春分の日を過す」(小島昌勝)

鶯19

今朝も、よく晴れています。
空は、春の空です。
霞のような雲がかかっています。

太陽も、朝から、かがやいています。
やわらかな日光が、そそいでいます。
椿(つばき)の花が、いっぱい咲いています。

鶯(うぐいす)の声が、はっきりと、聞えます。
まことに、美しい、妙(たえ)なる声です。
ようやく、春になりました。

なんと、すばらしいことでしょう。
老いても、鶯のの声を聞けるのは、幸いです。
悟りを開けなくとも、鶯の声に耳を傾けるんが、悟りの境地かもしれません。
まことに、こんな夢心地にしてくれるのも、鶯の声のほかには、思い浮かばないほどです。

「うき身にて聞くも惜しくは うぐひすの霞にむせぶ曙のこゑ」(西行法師 山家集春)
「鶯の声にさとりをうべきかは 聞く嬉しさもはかなかりけり」(西行法師 山家集春)

「うぐひすや竹の小藪に老いを鳴く」(芭蕉 炭俵)
「鶯や下駄の歯につく小田の土」(凡兆 猿蓑)

黄水仙12

今朝も、よく晴れています。
青い空が、ひろがっています。
美しい水色です。

朝から、太陽が、かがやいています。
やわらかな日光が、燦々(さんさん)と、そそいでいます。
春の陽気です。

東の方には、薄い霞(かすみ)のような雲があります。
西の方にも、やや黄色の、霞のような雲が、あります。
遠い山々も、霞んでいます。

白い水仙(すいせん)の花は、ほぼ終わりです。
冷たい冬の時季から、よくぞ咲いていてくれました。
代(か)わりに、黄色の水仙が、咲き出しました。
まだ1本だけですが、いつもより早く咲いてくれました。

椿(つばき)の花が、たくさん、咲いてくれています。
水仙の花、椿の花も、美しい花で、心が和みます。
まことに、ありがたい花たちです。

犬ふぐりの花が、いっぱい、咲いています。
小さな瑠璃(るり)のような、昼の星のように美しいです。
蕗の薹(ふきのとう)が、にょきにょきと、頭をだしています。
静かな春の日です。

今朝の東京の日の出は、午前5時48分、日の入りは、午後5時51分です。
昼の時間が、また12時間のなりました。
ありがたい春です。

「春ふえし水のひかりをかなしみぬ 川やなぎうごく水際に下りて」(中村憲吉 春雑詠 昭和5年)
「おく山は芽吹きのおそき樹ごもりに 淡(うす)くれなゐの桂木(かつらぎ)のはな」(中村憲吉 春雑詠 昭和5年)

「唐筆の安きを売るや水仙花」(子規 明治33年)
「筆洗の水こほしけり水仙花」(子規 明治33年)
「宗匠の床の水仙咲きにけり」(子規 明治27年)

諸葛菜13

今朝も、多摩地域は、よく晴れています。
青い空です。
白い雲が、浮かんでいます。
美しい水色です。
美しい白です。
時々刻々、雲は、姿を変えています。
ボーッと、眺めていても、見飽(あ)きることはありません。
空気は、なんとなく、物憂(ものう)く、春の陽気です。
木や草や土からの水蒸気が多いからでしょう。

ぼつぼつ、薄紫いろの小さな花が見えます。
通称は大根の花といわれる雑草、諸葛菜(しょかつさい)の花が咲きはじめました。
土を選ばず、どこにでも咲く花のようです。
生きる力の強い雑草です。

春は、黄色、薄い桃色、薄紫が、多いです。
草や木の花は、それぞれの色に咲きます。
強(つよ)そうで脆(もろ)い花、弱(よわ)そうで丈夫(じょうぶ)な花、それぞれです。
みんな、地球に生まれてきて、楽しそうです。
人もまた、強そうで脆い人、弱そうで丈夫な人、さまざまです。
ときどき、強くなったり、弱くなったり、丈夫になったり、脆くなったり、変わります。

どんな花でも好いように、どんな人でも好いのです。
どんな色でも、弱くても、脆くても、貧(まず)しくても、愚(おろ)かでも、どんな顔でも、どんな格好でも、一番大切なことは、地球上に生きていることです。
捨(す)てる神がいれば、拾(ひろ)う神がいます。

今朝は、啄木鳥(こげら)が、来ています。
一生懸命、葡萄(ぶどう)の枯枝を、つついています。
この小鳥が来てくれて、心が和みます。
美しい春の日です。

「岩ごとにせまりて白き瀬をなせる たぎつ谷川に釣る山魚(やまめ)なり」(若山牧水 湯ケ島雑詠 山桜の歌)
「照り澄める春くれがたの日のいろに ひたりて立てるとりどりの木よ」(若山牧水 湯ケ島雑詠 山桜の歌)

「諸葛菜人に委ねし死後のこと」(福田葉子)
「諸葛菜死者が生者を走らせる」(和田悟朗)

白木蓮14

今朝は、よく晴れています。
青い空が、ひろがっています。
西には、白い雲が見えます。

朝から、太陽が輝いています。
あたたかな日光が、そそいでいます。
まことに、美しい日の光です。

白木蓮(はくもくれん)の花が、いつのまにか、咲いています。
まことに、美しい純白です。
毎年、きまって、今ごろ、咲いてくれます。
見事な、大きな白い花です。

この花を見ただけで、地球の素晴らしさを実感します。
この地球に存在したことを、感謝します。
青い空、白い雲、日の光、黒い土、何を見ても、心が和みます。
木々の芽、緑の草、飛ぶ小鳥、舞う虫、何を見ても、心が和みます。
すべては、地球が水の惑星だからでしょう。
まことに、ありがたい地球です。

「日方とよひたき啼くなり 玉蘭(はくれん)のまだ蕾なる枝の揺れ見よ」(白秋 玉蘭吟 黒檜)
「春昼(しゅんちう)はあやかしふかし 玉蘭(はくれん)の下照る皇子影二人笑(ゑ)む」(白秋 玉蘭吟 黒檜)

「木蓮の蕾少き若木かな」(子規 明治34年)
「木蓮や読書の窓の外側に」(子規 明治34年)